ビジネスリーダーたちに伝えたい、新しい時代のタレントマネジメント
モザイク・コンサルティング、コンサルタント兼コーチ、公認産業心理学者  マギー・エバンス氏

 

新型コロナ蔓延当初の混乱は一段落し、現在はテレワークの普及や勤務体系の変更、事業継続に向けた活動の強化が叫ばれる「ニューノーマル」の時代に突入したと言われています。未来の青写真がまだ不透明である中、未来に向けてどんな準備が必要なのかを考え始めたビジネスリーダーは少なくありません。

こうした準備の中には、勤怠評価や人事評価などの抜本的な見直し、就業規則など従来のルールの改定なども含まれるでしょう。現在使用中のツールや仕事のプロセスが、今後は通用しなくなる可能性も視野に入れておく必要があります。私たちは、これまで以上に臨機応変に新しいアプローチを探っていかなければならないのです。

前回のブログでは、コロナ禍が私たちの人材管理方法に与えた影響を、4つの視点(就業場所、人員計画、支援の在り方、企業文化)から説明しました。今回は、これらのテーマをさらに長期的な視点で考察し、私たちが検討すべき課題や、新しい時代のために今から出来る改革について深堀していきたいと思います。このブログに先立ち、私はリクルートメントのエキスパートであるヘイズ社と協力して、さまざまな方面で活躍しているビジネスリーダーの皆さんと共に、5回にわたる座談会を実施しました。今回ご紹介する内容は、その座談会を元に作成したものです。座談会にご参加下さったのは、企業の規模を問わずさまざまな業態の民間企業で上級管理職を務める30名の方々です。ご参加者の企業は、多くが英国に本社機能を置くグローバル企業でした。

1. 就業場所

今回のディスカッションの結果、新しい時代の働き方にフィットする勤務形態として期待されているのは、ハイブリッド型モデルであることがわかりました。ハイブリッド型とは、テレワークとオフィス出勤を組み合わせた勤務体系のことで、社員はそれぞれの都合によりこれらを使い分けて働くことが出来ます。しかし、ハイブリッド型のワークスタイルは、従来のような対面式コミュニケーションの必要性に一石を投じる一方で、在宅勤務する社員の健康への配慮や、部下の意思決定についてどの程度まで踏み込むべきか、などの課題を抱えています。

ハイブリッド型勤務の導入は、企業戦略にも大きな影響を与えます。社員の出勤状態は、オフィスなど企業施設の管理方法に影響しますので、施設の目的によっては閉鎖や売却など、処分を検討しなければなくなるからです。施設の保有については、社員の生産性やエンゲージメント、パフォーマンスを維持しながら、設備コストを削減する方法を検討していく必要があるでしょう。座談会の出席者の質問からも、この点が課題として重視されていることが伺われました。以下に、出席者からの質問を一部紹介します。

  • 社員と会社の双方のニーズを、最適な形で満たすためにはどうすれば良いだろうか?新しい時代に、社員全員が一緒に働くオフィスは必要なのか?オフィスは、必要な時に、必要な場所でワーキングスペースなどをレンタルして調達した方が良いのだろうか?
  • 働く目的や目標が変化した今、どのようなオフィス設計が望ましいのだろうか?個人のデスクは廃止して、シェアオフィスのように設備を共有する方法に切り替えても良いのではないか?
  • そもそも、オフィスの存在意義とは(皆で協力し合う場所?企業のアイデンティティのため?それとも、クライアントへのアピール?)? 他の方法でこれらを充足することは出来ないだろうか?また、充足するために、私たちの働き方をどのように調整すべきだろうか?
  • テレワークが普及しているが、この傾向には、長期的な観点からどのようなリスクが存在するのだろうか?社員の健康や幸福を守るために、どのようなポリシーやプロセスを確立すれば良いのだろうか?

こうした課題への答えを追求し、それが見つかれば、その場所を問わず、社員が安全で幸福に仕事が出来る環境を用意することが出来るでしょう。

2. 人員計画

企業には、環境の変化に応じた機動的な対処が求められます。このため、リーダーの多くは、余裕を持った人員計画の必要性を感じています。前回のブログでは、人員計画の前に様々なケースを想定し、それに応じた計画の立案をお勧めしました。人員計画は、将来必要になる人材を見極め、必要な人材を活用出来るよう準備をするためにも大切なものです。企業にとっては、非常に長期的な展望に立った計画となります。

座談会の参加者からは、新たな人員計画モデルの採用に動いているとの声も多く聞かれました。これまで、企業が活用してきた人材は主に正社員や契約社員で構成されていました。しかし、迅速で機動的な対処が必要な時代になり、人材活用の手法も多様化が求められています。「人材のエコシステム」を考える時代に入った、と企業は考えているのです。

それでは、今後はどのように人員計画を策定すれば良いのでしょうか。一例を紹介します。まず、今後のビジネス動向を予想し、将来必要になる条件を特定します。そして、これに必要な人材とスキルを「十分に確保している」から「ほとんど確保していない」まで数段階に分類します。「十分に確保している」に該当する人員やスキルについては、対策を強化する必要はありません。一方で、戦略上不足しているものについては、重点的に対処する必要があります。以下の点も考慮してみましょう。

  • 現在在籍中の社員に、改めてトレーニングを行い、配置転換していくための有効な方法は?必要なスキルを特定する方法は? また、こうしたスキル習得のために、リーダーはどんな支援が出来るだろうか?
  • 企業が必要とするスキルや知識を獲得するために、採用すべきはどのような人材か?また、こうした人材には、どのようなトレーニングを提供すべきか?投資額はどのくらいになるのか?また、どのようなリスクが存在するのか?こうした投資やリスクへの対応策は?
  • 企業が必要とする人材が採用出来る市場は国内か、それとも海外か?異なる職種の業界にも適材はいるのか?こうした人材を採用すれば、トレーニングへの投資を削減することが出来るのか?こうした人材の発掘にあたり、見落としている点はないか?
  • 他にもこうしたスキルを持つ人材を求めている者が、社内に存在しないか?社内で協力し合えば、優れた人材を増やしていくことが可能だろうか?
  • 業務委託など、第三者への外注で対処することは可能か?必要な人材を提供してくれるのは、どの会社・方法か? 派遣や出向などで一時的に来てもらうのは?クラウドソーシングの活用は?または、他に良い方法はないだろうか?
  • テクノロジーの活用で代替出来ないか? AIやロボティクスなど、技術的なソリューションに切り替えることが出来る仕事はないか?

有効な人員計画を立てるためには、思い込みを捨てることが必要です。例えば、「良質な」人材とは、「一定の分野で一定の経験を積んでいる者」、「それなりのキャリアパスを歩んできた者」、「特定の資格を持つ者」という考え方も、一定のバイアスを含んでいます。一例をあげると、現在非常に重宝されている人材に、デジタル人材が挙げられます。こうした人材の数は極めて少ないと考えられていますが、これは、「デジタル人材」を「デジタル関連の正式な資格を持つ者」に限定して考えているからです。高い能力を有する人材は、実は多数存在しています。彼らの多くは幅広く経験を積み、独学でスキルを習得しています。皆さんは思い込みに囚われてはいませんか。自分の考え方を振り返ってみましょう。今は、多様な場所から、多様な人材を受け入れる時代なのです。

3. 支援の在り方

社員一人一人の現状に目を向けたタレントマネジメントも必要です。社員への支援は、上記の就業場所や人員計画とも密接に関連しているのですが、前回のブログでもお伝えしたように、現在彼らが置かれている状況は各人で異なります。これを念頭に置いて、燃え尽き症候群対策を講じたり、在宅勤務で働く者と出勤者の間に不公平感が生じないよう対処するなど、あらゆる社員が最良の状態で働くための支援をしましょう。

これまで人事管理は企業のために存在するものであり、社員一人一人のニーズや希望、意欲などは軽視されがちでした。しかし今後は、社員のためのタレントマネジメントが主流になるかもしれません。私が所属するコンサルティング企業では、最近になって人材管理の手法を見直しました。現在は、企業と社員が共同でそれぞれの目標や希望を認め合い、社員のニーズも顧客のニーズ同様に重視されるようになっています。このモデルに切り替えたところ、優秀な人材の活用が進み、社員のエンゲージメントも向上しました。また、人材の定着率が改善し、業績も上向いたのです。皆さんのご参考になれば幸いです。

他にも、私たちには一層の変革が必要です。人事部門は、契約形態を見直し、従来の硬直した内容から、より幅広く、柔軟な契約が出来るよう検討しましょう。また、多様な働き方の導入を視野に入れることも大切です。社員の支援にあたっては、次のポイントを参考になるでしょう。

  • 部下のニーズを把握するために有効な調査方法とは?部下と一緒に最高の仕事をしたいと考えてはいるが、これについて部下はどのように考えているのだろうか? 

― 顧客にアプローチする方法で調査してみることをお勧めします。顧客に接するとき同様に部下とコミュニケーションしてみて下さい。

  • 社員がそれぞれ異なる勤務形態で働いている。必要な対処とは?

― 週1度の出勤を望む社員もいれば、4日、または全日出勤を希望する社員もいるでしょう。今回のコロナ禍で、多くの社員の生活様式が変化しています。企業は、こうした変化に柔軟に対処し、社員が幸せに働くことが出来るよう配慮することが大切です。

  • 今後も皆で協力して働くにあたり、部下と会社の希望が対立しないように調整していきたい。また、部下には充実し、常に高いモチベーションを持ってキャリアを築いてほしい。リーダーがこのために出来ることは何か?また、現場の管理職をどのように支援すれば良いのか?

― 現場の管理職は、社員に最も近いポジションで働いています。このため、社員一人一人に向けた支援を実現するためにも、中心的な役割を果たしてもらわなければなりません。 こうした管理職を支援し、励まし、権限を与えて当事者意識を促すことが大切です。

4. 企業文化

最後に、企業文化について考えてみましょう。実は、これが最も大切な点です。これまで述べてきた就業場所や人員計画、支援の方法なども、最終的にはすべて企業文化と密接に関連しています。最初のブログで、私たちは企業文化が短期的にもたらす効果について取り上げました。当時は、多くの企業が「企業文化とは何か」、「オンラインなどの仮想空間で、企業文化をどのように伝え、維持すべきなのか」といった課題を考え始めていたのです。これらは今でも、これからも企業の頭を悩ませていく課題と言って良いでしょう。

企業文化は、常に変わり続けます。まず、これを認めて受け入れましょう。このように考えると、今回のコロナ禍は、私たちが未来に向けて進化するための触媒のようなものかも知れません。企業文化をコントロールすることは誰にも出来ません。しかし、どのような行動をとるか、何を優先して実行するか、どのように仕事を進めるかによって、企業文化に影響を与えることは出来るのです。

まずは、目標を明確にしましょう。あなたの企業の目標は何ですか?達成のために、仕事のプロセスや活動をどのように調整出来ますか?また、目標達成にふさわしいふるまいとは?社員として、どのような価値観を持てば良いのでしょうか?目標に向かって、同僚をどのように巻き込めば良いのでしょうか? このように常に目標から目を逸らさずに考えて行けば、組織のマネジメント方法や、その方法の適否を判断することが出来るようになります。

企業文化の考察には、以下のポイントが参考になるでしょう。

  • 透明性を大切に 私たちの仕事の中で、「透明性」はどのように影響してくるのでしょうか?例えば、あなたは部下と協力して、将来必要なスキルを持つ人材を育成したいと考えているとします。この時、あなたは将来必要な人材について、その部下と情報を共有する必要があります。情報をオープンにしなければ、適切に協力することは出来ません。

  • 権限を与える 人間の行動は、ルールや手続き、権限、意思決定のプロセスに拘束されます。とはいえ、私たちはどの程度それらに拘束されているのでしょうか。この「程度」について考えてみましょう。また、企業のルールの中で、自分がどこまで部下に権限を委譲出来るのかも確認しておきましょう。幅広い権限を譲渡していくためには、ルールなどをこれまで以上に柔軟に運用する必要があります。

  • 安心感を大切に 一般に、従業員は組織に帰属していること、学習意欲を支援してもらうこと、不安な時に相談出来ることなどで安心感を得るものです。皆さんは、自分の部下に安心して働いてほしいと考えていますか?また、部下には、怖がらずにチャレンジし、リスクを取り、イノベーションを進めてほしいと思いますか? 新しい時代にイノベーションや柔軟な働き方、持続的な成長を達成するためには、心理的な安心感が重要なカギを握りそうです。

  • 文化は企業の象徴的存在 本社ビルなどの施設は、その企業の文化を象徴し、体現するものです。では、こうしたビルがなくなってしまったら、一体何が企業文化を象徴するのでしょうか? 例えば、オフィスに飾られる標語やブランディングのツール、共有スペースなどに掲示された企業文化を伝えるメッセージ、トレーニング中や社内外での社員同士の交流スタイルなどに、それが現れます。社員同士が直接交流出来ないバーチャル空間では、これらを再現することが出来ません。では、文化を再現しているこれらのツールや行動は、企業文化の存続にどのように貢献していたのでしょうか?これらに代わり、新しい時代にフィットした標語やシンボル、ストーリーを創造するためには、何が必要なのでしょうか?

  • フィードバックを活発に 変化の潮流が激しい時代には、小さな軌道修正が頻繁に発生し、私たちは、これらに適応していかなければなりません。このプロセスは、航海に似ていると言っても良いでしょう。目的地を把握したうえで、常に風を読み、航海の途中で軌道を微修正しながらゴールを目指すのです。フィードバックを活発に行い、順調なことや不調なことを特定しましょう。また、ビジネス環境や顧客のニーズ、社員のニーズの変化にも注意しましょう。

これらは確かに骨の折れる仕事です。しかし、企業文化を改めて築き直すことは、職場設計の全面刷新同様に、新しい時代を迎えるために必要なプロセスなのです。

皆さんが新しい時代の人材管理を検討するにあたり、今回のブログがお役に立てれば幸いです。確かに今は困難の多い時代です。しかし、皆さんが持つ仮説やアイディアを試し、未来に必要な組織を造り上げるチャンスでもあります。私たちが今直面している変化は、私たちにとってすべて必要なことであり、私たちはこれを乗り越えることが出来るはずです。この変化は、いずれ訪れていたのかもしれませんし、もしかしたら、私たちは進化に向けて背中を押されただけなのかもしれません。ですから、悲観せずに今の状況を楽しみましょう!

著者

モザイク・コンサルティング、コンサルタント兼コーチ、公認産業心理学者 
マギー・エバンス氏
マギーは、プロフェッショナルサービス、金融サービス、小売、など幅広い分野で国際的な経験を持つ経験豊富なコンサルタント兼コーチである。 公認職業心理学者であるマギーは、研究と実践を組み合わせて、ビジネスの改善を促進するためのソリューションを開発している。
20年以上コンサルタントとして活躍しており、人材戦略と人材開発を専門としている。彼女の初の著書『From Talent Management to Talent Liberation』が最近出版された。